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<title>わんさかの女将になるまで</title>
<link>http://wansaka.osakazine.net</link>
<description>2000年の春　主人と二人　ＪＲ茨木で５坪の小さな居酒屋を開店しました。お蔭様で今は２０坪の店舗へ移転し料理屋の女将でございます。実はそれまではちょっと変わった人生を送っていました。私が＜女将になるまで＞のいろんなエピソードをお話させていただきますね。</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Wed, 25 Apr 2007 04:26:16 +0900</pubDate>
<lastBuildDate>Thu, 03 Jul 2008 04:33:56 +0900</lastBuildDate>
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<title>プーさんのハニーハント事件☆</title>
<description>以前、確か５年程前に、やっと少し遅い新婚旅行に東京へ行った記事をアップしました。 その時 ディズニーランドで喧嘩した話は かなり皆さんに衝撃を与えたようで（笑）  いろんな所で、いろんな方から「その後、ディズニーランドには行ったの？？？」と何度も聞かれました（笑） ですので今回は『その後のハニーハント事件』をお送りします。 えーっと。 ディズニーランドで喧嘩？し（笑）それから数年後また、東京に旅行に行く事になりました。 前回、マスターのせいで念願飲みハニーハントには乗れなかったので 今回は何時間待っても絶対乗る覚悟ででかけました。 マスターにも「ディズニーランド行きたくないでしょ？その日は別行動にしようよ♪」と話をしました。 でもマスターは別行動とか嫌いな人なんです。イヤイヤでも一緒に過ごさないと（旅行なので）意味がない様子。 という事で私は楽しみに♪マスターはイヤイヤ（笑） 東京旅行の初日は東京ディズニーランドに決定しました！ 今 思えば この『初日』というのが誤解の始まりでした。 明日から５連休という、営業最終日。 有り難い事に、お店はとーっても忙しく♪気分よく休みに入れるくらい大盛況でした。 深夜２時に閉店し、さっさと片付けて朝イチで新幹線に乗り、昼過ぎには東京に着き 昼から東京を宛てもなくブラブラして、次の日は一日中、ディズニーランドで楽しむ予定でした。でも二人とも、日頃の疲れがドッとでてしまい 深夜２時に閉店したとたん お店の椅子で寝てしまいました。 ふと、起きると すでに昼前…貴重な休みなのにもったいない！と我に返った私はマスターを起こし 「さっさと片付けて東京行こうよ〜！」と 揺さ振りました。 でもマスターはムニャムニャ…起きる気配は全くナシ。 まっ。いつもの事なので（笑）私が片付けれる範囲までは一生懸命、大掃除をしました。 暫くするとマスターもモソモソ起きてきて片付けを始めてくれました。 何とか急いで３時前くらいに終了し、急いで自宅に帰り ダッシュでシャワーを浴び荷造りし猛ダッシュで新大阪駅に行きました。 でも、やっぱり、寝てしまったのが悪く 今から新幹線に乗って東京に到着するのは夜の７時過ぎ。 続きは後ほど。</description>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Wed, 30 Apr 2008 16:54:34 +0900</pubDate>

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<title>放火犯を捕まえ表彰されました！</title>
<description>「居酒屋わんさか」時代を語る上で忘れられない出来事がありました。時は平成１６年７月２２日。いつもどおり午前２時に閉店したのですが忙しい日だったので、仕込みが大量にある日でした。夜通しの徹夜作業になるのでとりあえず一度、お店のシャッターを閉め近所のラーメン屋さんに食べに行きました。一時間ほどたって、お店に戻りました。歩きながら、もうすぐお店………。と、いう距離に近づいた時、お店の入り口付近がなんとなーくぼんやり赤〜く明かりが漏れていました。私は(あれ？入り口付近の電気、消し忘れたかな？？？)と思いながら灯りの見える付近に近づきました。すると………なんと、ガスメーターが燃えてるではありませんか！！！！ビックリして鼓動が激しくなってきましたが、マスターがすぐにシャッターを上げ、店内にある一番大きなボールに水を溜め素早くメーターに、かけました。その姿を見て(大丈夫！消せる！)と安心？したので私は次の行動に出ました。犯人は、誰や……………？前の店の場所は、駅付近とはいえ裏通りだったので、深夜(この時は午前３時頃)にもかなると、あまり、いや、ほとんど人通りは、ありません。火の大きさを思い出しても、まだ【付けたて】のような感じでした……。(犯人は、まだ、近くにいるはず………………。)私は、そう、直感で感じました。一生懸命、火を消してるマスターを残しすぐ近くに置いてる自分の自転車に飛び乗りました。(とりあえず身近に、怪しげな人物はいないか？見回りに行こう！)と思いました。そして、また直感で一人のおじさんに、ターゲットを絞りました。さっき、ラーメン屋さんから、お店に到着する寸前に一人の見知らぬおじさんとすれ違っていたのです。そのおじさんは、お酒の匂いもしないし(←どこかで呑んだ帰りの方ではない)、いつもよくすれ違う新聞配達の方々でもないし、散歩されてるような感じでもない様子でした。 (怪しい……。違ってたら、めちゃくちゃ失礼なので、とりあえず気づかれずに、尾行してみよう！)そう思いました。おじさんは徒歩だったので、すぐ見つかりました。私は自転車を止めて、建物に身をひそめ、２０メートルくらい後ろから、おじさんを観察していました。普通に歩いている、おじさん。私の勘違いだったのかな……？と思ったのもつかの間、おじさんは郵便ポストの前で止まりました。手紙を出すのかな？と思ったのですが、なーんか、モジモジしています。すると、私の目でも、ハッキリ見えるくらい、ポストの近くが赤く光りました。私は(あ〜〜〜〜〜〜！火〜〜〜〜〜〜〜！)と息をのみました。遠目ですが、はっきり見てしまいました！さっそくマスターの携帯に電話しました！「犯人、見つけたでぇぇぇ〜〜〜〜〜！○○ストアーの近くの郵便ポスト！」と、小声で、かなり焦りながら話ました。マスターは、火を消した後、警察にすぐ連絡したそうなので私の居場所を、また、警察に伝える！と、言ってくれました。電話を一旦切り、一時たりとも犯人から目を   そらさず  マスターと、警察を待ちました。多分…３分くらい経過したのに、どちらも、到着する気配がありません。私は、イライラしてきました。(あの、おっちゃんやったら、私、勝てるわ！)と、訳の分からない？自信がわいてきて、じれったくなりなんと、自転車で、犯人まで近づきました！火を付けてる現場を確認する為です。おじさんは、私が近づくと、火を消しました。もう一度、確認する為、何気に自転車で通り過ぎまた、おじさんに 近づきました。私が離れたら火を付けようとするのに私が近づくと、火を消します。絶対間違いない！と思ったその時、やっと、警察と、マスターが現場に到着しました！そこで無事、犯人を捕まえ、そして翌日、茨木警察より表彰されました。余談ですが、その犯人は、店の裏側にも火を付けていてマスターの到着が遅れたのは、その火を消していたからだそうで警察が遅れたのは、放火の現場(お店の周り)と、犯人の現在地が、少し離れていたので間違えて、店側に到着したからだそうです。その、おじさんは、離婚して、元の奥さんにも、子供さんにも、相手にされない状態で、憂さ晴らしに、放火したらしく「わんさか」に恨みがあったわけではなかったようです。本当に一大事にならずによかったです。</description>
<link>http://wansaka.osakazine.net/e95706.html</link>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Thu, 27 Mar 2008 15:34:49 +0900</pubDate>

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<title>ちょっと遅い新婚旅行。</title>
<description>お店を無事、開店する事ができ　がむしゃらに１年間働きました。本当に大変だった月日を頑張ったご褒美に　２年目か３年目の頃に(あやふやで  スミマセン　　多分…２００２年か、２００３年の頃)   思い切って旅行に行く事に決めました。行き先は女将の第一希望の「東京ディズニーランド」「ディズニーランド」さえ行ければ  あとはどこでも良かったんです♪マスターからは、かなりブーイングでした。ので「ディズニーランド」プラス「東京、食べ歩きツアー」に決定しました。独身の頃は何度も行ってたので計画はバッチリでした！ちなみに、あの時の女将の目的は、ただ一つ☆「ディズニーランド」へ行ったら絶対「プーさんのハニーハント」に乗る♪♪♪♪事でした！当時「ハニーハント」が出来たばっかりで何時間も並ぶ事は覚悟の上での決心でした。ちなみに私は日常生活において、並んでまで購入したりする事は、ほとんどしません。だからどれだけ気合いが入ってたか分かっていただけると思います。ウキウキ♪♪♪♪♪しながら旅行の当日を迎えました。カメラやフィルムもかなり沢山用意し、お茶やシート等「ディズニーランド」で必要な７つ道具をカバンに詰め込んで新幹線に飛び乗りました！次の日の１日が「ディズニーランド」の為の１日でした！…今、思えば、私の思い過ごしは、既に始まっていました。貧乏旅行でしたので「ディズニーランド」周辺のホテルなんて泊まれる事は出来ず東京駅に近い、ビジネスホテルに泊まりました…。(充分、ゆっくりできて親切にしていただきました) で当日を迎え、朝５時〜支度を始めました。その日の開演が９時。って事は７時くらいに着いても、ある程度人だかりは出来ています。「ハニーハント」に一番乗り！しようと思ったら門の先頭にいないと無理です！…と逆算していくと朝５時起き、は妥当な起床時間でした。♪♪♪♪♪♪♪♪な思いで準備をしていると、マスターも起きました。「早く支度してね〜♪」と(たまには)可愛く言ってみると予想外の返事が帰ってきました。「お前アホちゃうか？？？？？？？？？？どこに、こんなクソ早く出かけるヤツおんねん！アホかぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜！！！！！！！」・・・マジギレってヤツです(苦笑)(どこに………って、１００人くらいかな？多分、今日も、もう沢山並んでるよ……！)と思ったので  一緒に出かけるように説得しましたが、全く聞き入ってもらえなかったので「あっそっ。じゃぁ、好きな時間に来れば？東京を観光しておいでよ。着いたら携帯に電話して。」と言い残し、サッサと一人で出かけました。何回も行き慣れてるし「ディズニーランド」の中を　延々と食べ歩きながら、グルグル廻るのが楽しみだったんで一人でも、まっっったく寂しくありませんでした♪♪♪ダンナ(マスター)の怒りなんて、とっっっくに忘れ、♪♪♪とディズニーランドに向かいました。到着したら…すでに門には何百人のひとだかり………(もぉ〜〜〜しょーもないケンカばっかし、してるから到着時間ズレたやんかぁ〜〜〜！)と、ダンナにムカつきながら並びました。そして…２〜３時間したらゲートが開きました！その日の最大の目的は「プーさんのハニーハント」に乗る事でしたが、すでに、すっっっごいひとだかり(たぶん３００人くらい？)だったので、諦めました！だって何年かぶりに、やっと「ディズニーランド」に来れたんですよ？？並ぶ事……で  せっかくの貴重な時間を潰したくありません！だから、私はパーク内を、ウロウロ♪食べ歩き＆お買い物♪三昧に変更しました。一人遊びは得意なんで(笑)あっ☆という間に昼の１３時くらいになりました。お昼ご飯を食べてると、携帯電話が鳴りました。　　マスターから、でした。今頃何なんだ？！……かなりムカついてましたが(笑)とりあえず愛想よく電話を受けました。「今、ホテルを出たから２時くらいには、そっちに着くで。」と、ふてくされた感の電話でした。そして約束の時間になり、マスターが「ディズニーランド」に登場しましたが……これがまた………「ディズニーランド」でこんだけ、ふてくされた人、みたことないわ！！というくらい不機嫌な人相で登場しました。流石の私も険悪な空気を察し「ハニーハント」をダンナさんと仲良く並びながら(奥さんの為にジュースとか買ってきてくれたり♪)待つという夢は、バッサリ諦め もう何度も乗ってるし、どちらかと言えばニガテ系の「スペースマウンテン」(暗闇のジェットコースター)に乗る事にしました。(待ち時間も１５分くらいだったので…)そのたかが１５分の間もマスターは《ディズニーランド好き》の私に対し、ブツブツ文句を言ってました。ちなみにマスターの言い分は、こうです。「なんで、この俺様が、ネズミを見るのに何時間も並ばなあかんねん！俺を見かけたら、向こう(キャラクター)から寄ってこんかい！」以上です。昔、若い頃、働いてた店で　大きなドブネズミをいつも見て、退治させられてたマスターは、ネズミ＝気持ち悪い生き物　　　　　　　　　厄介な生き物  　　　　　　　　　退治しないといけない生き物という意識が強いようでキャーキャー言ってる私が信じられない　そうだったみたいです。その時は気づきませんでした。で「スペースマウンテン」に乗った後「もう帰ろや。」(マスターの滞在時間、４５分くらい！！)と言われたんですがキッパリ断りました。本当に本当に念願が叶って、やっと遊びに来れたんです！夫婦喧嘩くらいで、引き下がれません！「私、閉園時間まで(夜９時)いるから、銀座で、ゆっくりしたら？別に、いいよ〜〜！」と旅行費用、全財産を渡し、サヨナラしました。「おまえは、アホかぁ〜〜〜！」と呆れられても、無駄です！何なら私は、スッキリしたくらいなので、その後も楽しく一人で過ごしました♪で…夕方６時くらいになってきて、夜のパレードの席取りに、いつもの？定位置に移動し、座布団を敷いて、２時間後に行われる「ファンテイリュージョン」を久々に間近で見れる事をワクワクしながら、座ってました。でも………流石に２時間、一人で待つのはヒマで(笑)ふと、昼間、ケンカ別れしたマスターを思い出し、(今頃、銀座で、美味しい料理食べてるかな？何、食べてんのかな？)と思い携帯に電話してみました。女将「あっ！私〜！どう？銀座の夕飯は美味しい？」　努めて明るく振る舞い(笑)聞きました。マスター「え…？うん…。」女将「……？どうしたん……？」(………ん？？？？？こっちと、同じ音がする？？？？？)女将「………いま、どこ？銀座じゃないの？？？もしかして『ディズニーランド』？？？？どうしたん？？？？」マスター「帰ろうって思ってんけど門の場所が分からんかったし、聞くのも恥ずかしいなぁ〜〜〜…と思って、ベンチに座っとってん……。」女将「(何じゃソレ！笑)今から迎えに行くから、動かんとってや！近くに何が見える？…？」マスター「デッカいお城……。」女将「シンデレラ城やな！右に見える？左に見える？」と…まぁ、こんな感じのやり取りで(笑)無事再会？できて　私が、陣どってた場所に戻り、その日は寒かったので　マスターの為にホットコーヒーとホットドックを、またまた並んで購入し　パレードが始まる８時まで、スネないように(笑)一生懸命話しかけました(笑)そして待つ事２時間。目玉のパレードが始まりました。私達はかなり早くからいい場所で待機していたので、一番前で見る事ができました。(わぁ〜〜〜！！！！！キレーーー！！！！！！！！)あまりの綺麗さに、今日１日あった珍道中など すっかり忘れてしまうくらい吸い込まれていきました。ふと、マスターを見ると、やっぱり、ちょっと、つまらなさそう(苦笑)他の男性方は、みんな感動してはるのに、何でかな？と思っていると、なんと「パレード」のダンサー＆キャラクターたちが(ミッキーとミニー以外)次々と、マスターの元へ近づいてきてくれました。きっと、キャラクターや、ダンサーの方々も　踊りながら「ディズニーランド」で、こんな不機嫌な顔のゲストは見た事ないっ！とビックリされたくらい、マスターの顔は、仏頂面だったんだと思います。で、マスターも、流石に、キャラクターたちが、どんどん近づいてきて、ニッコリ笑ってくれたり、手を振ってくれたり、され続けてると 「あっ…………どうも…。」と、一応、応答し始めました(笑)そして、４５分間のパレードが終了し、帰り際に「綺麗やったでしょ？」と聞くと「まっ、最後のパレードは、良かったなっ。」と、まんざらでもない様子で言いました。こんなん連れてますねん(笑)　　　疲れますわぁ〜〜(苦笑)※もちろん、ハニーハントは れなかったので  次回までの　お楽しみにする事にしました☆</description>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Thu, 03 Jan 2008 12:49:10 +0900</pubDate>

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<title>女将のボイコット事件！</title>
<description>今は、もうほとんど、マスター(主人)とケンカするような事はありませんが(今は、空気を察して  離れます☆笑)オープンした当初は、本当に、よくケンカしていました。お互い、カチンときたら、激しく罵倒しあってました。上げればキリがないですが…(笑)何から話しましょ？？？あれは…確か、お正月でした…。当時から「わんさか」は毎年、新年は、１月２日〜営業してたんですけど(来年のお正月も、モチロン２日〜営業です♪)その年の１月２日、２人とも、通常より早めに出勤し、新年１日目の開店準備に追われてました。２人で慌ただしく、会話しながらの準備だったのですが、な〜んでか分かりませんが、だんだん険悪なムードになってきて、私が先に、ズバッと言ったコトバに、マスターがカッとなり「帰れっっっ！！！！」と大声で発しました。更にムカついた私は「あっそっ！じゃ、お先っっ！」と中途半端な開店準備のまま(苦笑)お店をすぐに出ました。日頃から、ホントにマスターにはキレてたので(今、思えばお互い様)清々した私は、早速、近くの喫茶店に入り、昼食をとりながら、一人で過ごす、お正月の予定を、ウキウキしながら考えていました。すると、携帯が鳴りました。マスターからでした。無視するのは可哀想？なので、出ると「お前は責任感ないんかっっっ！！！！！」と怒鳴り声が響き、そして、切れました。マスターから先に電話があった事に、何故か？(勝った〜！)と思った私は、とりあえず、お店に戻ろう。と思いました。歩きながら、でも、なんか(気まずいなぁ〜…)と思っていたので、近くのコンビニで《肉まん》を２つ買って帰りました。そして、お店の扉を開けた時「肉まん、食べる？」と、謝罪のコトバの代わりに言いました。するとマスターも「お腹すいとってん(o^_^o)」と　怒らず、許してくれました。で、仲良く《肉まん》を食べて、また開店準備を始めました。 あの頃の２人は、ホントにすぐ  カッとなって、おこってましたねぇ〜…。   今は、ケンカする体力あったら、はよ寝よ！はよ寝よっ！と、意見が一致し(笑)ほとんど、しなくなりました。他のケンカ話は、また次回(^_-)</description>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Tue, 27 Nov 2007 14:45:17 +0900</pubDate>

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<title>これが、噂の！？補助席！</title>
<description>当時の写真ではないですが、こんな感じでした。この補助席には、ほんとーに、いろんな方々が座って下さいました。※補助席の詳細はコチラ　　http://wansaka.osakazine.net/e59006.html#commentsそして、いろんなエピソードもありました…まず、私の身内は、店内が混んできたら必然的にこの補助席に差し替えになり(笑)常連のお客様や、ご新規さんに 通常の椅子を譲るという風にしつけ(笑)この椅子が好きな？常連さんは 店内が混んできたら自ら補助席に座る事を 名乗り出てくださり「新しいお客様に椅子を使っていただいて下さい！」と、有り難い事を言って下さったりもしました若いカップル(もちろん男性のほう)  自営業社長  同業者  某大手有名会社の重役の方 大学教授  気のいい若手の常連さん  若い女性のお客様…  １時間くらい座ってたら、お尻が痛くなるのにほんとーに皆さん我慢して、文句も言わず、座って下さいました…！    それどころか、店内が補助席だらけで(笑)　超超満席の時(たぶん１０席のみの店内に　　詰め詰め状態で　　１４人くらい　いらした時)    長年お付き合いされてた彼女にプロポーズをされたお客様もいらっしゃいました私が、厨房からカウンターの外へ出るたんびに(笑) ※店外にも冷蔵庫があったのでしょっちゅう厨房から出てました！   その男性のお客様には補助席から一旦立っていただきしばらくそのまま待っていただいて…店外の冷蔵庫から私が厨房へ戻ってきたら  また、この補助席に座る…という事を頻繁に行っていただいてた時に、プロポーズしてはったんです後から聞いてビックリ！(笑)    そんな時間いつあったんですか？？？みたいな(笑)今の「わんさか」http://www.mitemite-wansaka.com/でも、たまーに(１階のカウンターが)満席の時は、この補助席を使いますが　常連さんは懐かしそうに「久々やな〜！」と楽しげに？座って下さいます…。（有難い事です）いろんな思い出が詰まった　補助席のお話でした☆</description>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Tue, 18 Sep 2007 13:41:00 +0900</pubDate>

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<title>補助席誕生！秘話☆</title>
<description>ずいぶん、ご無沙汰してました！「女将になるまで」ファンの方 (いらっしゃるのかな？笑) じらしちゃって、すみませ〜ん！ また  頑張りまーす！  さてさて、２０００年の春   ＪＲ茨木市駅から徒歩３分の場所に５坪１０席の小さなお店「居酒屋わんさか」からスタートした当店ですが、いろいろありながらも(苦笑)じょじょに忙しくなり、椅子が１０席じゃぁ足りない日が続きました。お客様のご来店時間って、重なるんですよね〜…。そのたびに「すみません…！満席で…。また宜しくお願いします…！」と何度も謝る日々。せっかく足を運んで下さったお客様に申し訳ないし、逃してる！と思うと、もったいない！と焦りもしました。   そんな毎日。その日も、例によって、忙しくさせて、いただいてました。そうですね〜。時間にすれば、だいたい深夜の、１２時頃でしょうか？(昔も、今も変わらず、深夜０２時まで営業してます♪)何度か、来て頂いてて「わんさか」では、「お得意様」になっていただいてた、I(アイ)さん(男性)が、その日は、４名様でご来店されていました。その時点で１０席の小さな居酒屋は満席。オーダーも沢山通っていたので、２人で、せっせと、お作りしていました。すると私のポジションの真ん前にお座りになっていたI(アイ)さん(男性)が、携帯で、こう話されてるのが聞こえました。「…終わった？？わんさか  に来てんねんけど、来るか？よっしゃ！よっしゃ〜！待ってるでぇ〜！！(終了)」と…。オーダー＆接客で、アタフタしてた私も思わず(？？？？待ってる？？？？？？椅子ないけど………。どこに座りはるの？？？？？)と、ずーっと(笑)疑問に思いながら仕事してました。数分後、お電話の相手の方が見えました。とても、華やかな衣装をまとった、夜のお店のお姉さまと、優しそうなママさんでした。(椅子ないのに、どうやって ご案内すればいいの？)  と、疑問だらけで戸惑ってる私をよそに(笑)「こっち！こっち〜♪」とI(アイ)さんは女性を、ご自分の席へ呼びました。そして「ハイ、ここ座り〜。」と、言いながら、４人さんが、詰め詰め状態になって(苦笑)ママさんを隙間に、どうにか座らせて、もう一人の女性は、なんと男性の太ももの上に座る！！という方法を、取られました。が…、かなり窮屈そうでした。この間、約３０秒ほど。するとI(アイ)さんが「やっぱり無理やなぁ〜…。あっ！！アレ持ってきて！！」と、お連れさんの若い男性に指示しました。アレ…とは、ビールの生樽を２段積んだ、物でした。重い生樽を引きずりながらカウンターへ運んだはりました。すると、その２段の 高さが、ちょーーーどカウンターの高さとのバランス、ピッタリだったので(シンデレラのガラスの靴のように♪)       それを２セット並べました。そうこうしてるうちに、店内のお客様も、そのやりとりに気付いて下さり、少しづつ、感覚を詰めて下さって、見事、１２名様がカウンターに収まったのです！！！！！これがキッカケとなり、のちに「わんさか」では「タル席」と呼ばれ、かなり活躍してくれる存在へとなりました。今でも常連さんの間では語りぐさです(笑)「ほんま、よ〜座らされたわ〜〜(笑)」と楽しげに？懐かしがりながら言って下さる方も沢山いらっしゃいます。話は戻りますが、この２つの「補助席があるのと、ないのと、では、１日の売り上げ、１ヶ月の売り上げ、１年の売り上げが、大きく変わりました。  ※オープン当初から補助席に使えそうな椅子を探していたのですが、カウンターの高さが既製品の高さでなかったので、どの椅子を合わせても、バランスが悪く 補助席を作る事を諦めていたのです※タル席を使った、１回目は、急だったので、座布団をひかずに座っていただきましたが、後日すぐに座布団を購入し(おしりが痛くなる)事をなんとか防ぎました   次回は、タル席にまつわる思い出話です♪</description>
<link>http://wansaka.osakazine.net/e59006.html</link>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Thu, 06 Sep 2007 13:11:00 +0900</pubDate>

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<title>忘れられない嫌がらせ</title>
<description>なんというタイトルでしょう！爽やかな「朱夏」カテゴリーには、全く不似合いのタイトルで不快な思いをされた方がいらしたら、本当に申し訳ないです！でも安易な気持ちで、付けたタイトルではありません。前回のブログに目を通していただいてない方は、先に、そちらを読んでいただけますか？ご面倒だと思いますが宜しくお願いします！！！ではながくなりましたが本題に入ります少し前の回のブログで「２０００年に開店したお店がヒマになってきたので手作りチラシを頑張って配りました」とお伝えしましたが、７年前の当時のＪＲ茨木付近は、本当に飲食店のチラシなんて、だーーーれも配ってなくて、ちょっと目立ってたと思います。ていうか、目立つのも目的でした。移転前の「わんさか」は、分かりにくい場所にありましたし、広告費に全くお金はかけてませんし、チラシでも配って目立って「わんさか   ってどこ？」と思っていただかないと営業続けれない(笑)状態だったので、毎日毎日、雨の日でも、配り続けました。お陰様で、チラシがご縁で、常連さんになって下さった方が、今現在でも続いてるくらい、結構、効果がありました。でも一度たりとも《客ひき》はした事ありません！誓っていいます！私は「また(今度)宜しくお願いします(^o^)！」と言いながらチラシをお渡ししてただけなので、チラシを配った全ての方には、お客様の意志で「わんさか」に入店いただいてました。チラシ効果かどうかは定かではありませんが、それなりに少しずつ、常連さんが増えていきました。「毎日、頑張ってチラシ配ってはったから気になって来てみました(笑)」など言って下さると、本当に嬉しく思い、また明日も頑張って、チラシ配ろう！と思っていた矢先、そんなけなげな私達の行動を邪魔する同業者の嫌がらせにあいました。屋号も詳しい場所も言えませんが、今でも、営業されてる、お店の方です。その飲食店は、昔は、お父さんが、今は、息子さんが、店長をされているお店で、どうやら、お父さんは、私達の存在がかなり、うとましく、思ったみたいで、数々の嫌がらせを開始してきました。(開店のご挨拶には、お菓子を持って伺いましたよ！)思えば開店当初にも既に嫌がらせにあっていました。たしか、開店２日目くらいの深夜にお父さん、お母さん、息子さんの３名さんでご来店されて、お父さんは泥酔し、酔った勢いで？大声で「わんさか」に対する悪口をしゃべりはじめました。もちろん小さな店は満席の状態です地鶏の生肝を注文されたので、お出しました。すると何口か召し上がった時、大声で「お前んとこ、よ〜生の鳥なんか出しよるなぁ〜！俺んとこは今は生の鳥なんか絶対置かへんわ〜！客も、こんなん、よ〜食いよるなぁ〜！」とベラベラしゃべりはじめました。当時、たしか、Ｏ１５７が流行り始めた頃でしたが、マスターは、品質もルートもきちんと調べ、絶対安全！と確認した上で、お出ししてました。ってゆーかね！その日の、ほんの数日前に(オープン前に、ご近所さんのお店に食べに行こう！)と２人で、そのお店に伺い、まさに生肝をいただいたところでした。しかもかなり鮮度が悪く、マスターも後日ポツリと「しかし、あの生肝は ギリギリ(腐りかけ) やったなぁ〜…。他の鳥も、どれ食べても鮮度悪いし…。でも結構お客さん入ってるよなぁ〜…。みんな、あんなん食べさせられて、よ〜怒らへんなぁ…。焼き鳥って安くつく(お勘定が)から、流行ってんのかなぁ〜…？」と疑問を抱いていたところでした(笑)話は戻りますが、そんなお父さんの嫌がらせの大声にも、お母さんも、息子さんも、知らんぷり。(なんや？！この親子は？！)内心そう思いつつも、やはりご近所さんとトラブルになりたくなかったので何の反撃も？せず、ひたすら黙って耐えました。そんな、自分本位なお父さんが、私がチラシ配りをしているのを発見し「お前、何しとんねん！さっさとやめんかい！ワシとこの客、とりよったら、ただですまへんぞ！」と言いながら近寄ってきたのです！今の私ならいざしらず(笑)７年前の私は、商売人としても、人間としても、まだまだウブで(苦笑) かなりビビりました。すぐ店に戻ってマスターに報告したんですが「そんなん関係ない！客引きしてるんちゃうねんから、堂々と配ればいいねん！」と言われたので、負けずに後日も配り続けました。※余談ですが、一人で(笑)ひたすら配ってました。マスターは店番(笑)    で、その後も、若干ビビりながらチラシを配り続けました。きっと、めげないその姿に腹が立ったんでしょう！しばらく、何回も深夜に、来店され(当時は、ご近所の同業者さんの入店拒否をする勇気がなかったので) 嫌がらせが続きました。たとえば、こんな感じです。「あ〜！だいぶ酔ってきたわ〜！」と言いながら、手に持っていた、中身のタップリ入ったビアグラスを小皿の上に、しらじらしく落とす。ガシャーン！！とビアグラスと小皿が割れる音が店内に響き、ビールがカウンターと床に大量にこぼれまくります。が「酔ってるから、しゃーないなぁ〜。ガハハ…！」で終わり。毎回、小道具は変わってもパターンは同じでした  ビールが日本酒に変わったりとか…(笑)そのたびに大事な器を割られ、カウンターと床はベトベト。そんな日々が続きましたが、私達も結構しぶとく(笑)めげずにチラシを配り続けてると、その姿が、お父さんの怒りを頂点にもっていってしまったようです。ある日いつものように深夜２時まで、営業していると、そのお父さんが、入ってきました。その日は、他にお客さんは誰もいませんでした。お父さんは、こう言いました。「今日は、もう店、閉めろ。」「いや。できませんよ〜。」「えーから、閉めんかい！」…仕方がないので看板の電気を消して確か…シャッターも下ろしたと思います。「マスター、ちょっと、ここに座り〜。」ちょっと猫なで声？で、マスターに、自分の隣に座るように指示しました。もちろんマスターは拒みましたが、お父さんは泥酔状態。仕方なく言う通りに、座りました。すると、こんな事を言い始めました。「お前の店なんか、しょーもない店やねん。分かってるか？お前なんか、しょーもない人間や。それに比べて、俺の息子はよう頑張っとる！毎日毎日、遅くまで働いて。そんな息子の商売、邪魔するて、どういう事やねん！お前らまだチラシ配ってるやろう？はよ、やめとけって、言ったよなぁ〜！いつまでやっとんねん！お前ら、さっさと俺の言う事、聞いてチラシ配り止めへんかったら○○組の○○呼んできて、こんなしょーもない店、すぐ潰したるからなぁ〜！！！俺が○○に一声かけたら、すぐ集まんねんど！分かってんのか！お前！」と怒鳴りながら、なんと隣に座らしたマスターの頭をどつきはじめたのです！こんな《三流Ｖシネマ》のような光景が、現実社会に、しかも茨木に存在するなんて誰が思ったでしょう(笑)  なんの脚色もしていませんよ！事実ですよ。事実。     何十回叩かれていたでしょうか、厨房の真正面から二人の光景を、ぼーぜんと見ていましたが、調子づくお父さんとは、対象的に、マスターの表現が見る見るうちに変わっていくのが 分かりました。冗談抜きで、今にも包丁で刺すんじゃないか？？？？？？と思うくらい、凄みのある怖い表現に変わっていきました。でも私は頑張って、マスターの目を見つめ(分かってる！！！悔しいのは分かってる！！！でも手ぇ出したらアカン！！！絶対にあかん！！！我慢して！！！お願い！！！)こう、ずーっと念力で？いや眼力で？ メッセージを送りました。通じたのか、マスターも、相当悔しかったらしいですが、かなり我慢した。と後日話ていました。この一件が あってから、もう単なる、嫌がらせではない状態になったと判断したので(出るとこ出たら恐喝ですよね？) 次に何かされたら警察に相談しに行こう。と話がまとまりました。で、そのまま言うこと聞いても、つけあがるし、シャクにさわるので(笑)その後も、どんどんチラシ配りは続けました。そのお父さんも、それ以来パタッと何も言ってこなくなりましたが、今でも道ですれ違うと、恨めしそうな顔でこちらを見ていますが、私達にとっては、もう、どうでもいい方なので(あら♪♪まだ、お元気なのね？結構なお年なのに生命力が強い方♪♪羨ましいわぁ〜！)と 思いながら、気付かぬフリをして(笑)すれ違います。ちなみに、この一連の話は、２０００年にオープンして半年くらいの間に起きた出来事ですが、この間もマスターには、毎日、怒られてまして(苦笑)よく泣いてたんですが、この頃から、だんだん、気合い？と根性？が身に付いてきて(笑)仕事を前向きに考えて いけるようになりました。もっと大きな組織の中に携わってる方からしてみれば、そんな大した出来事じゃないかもしれませんが、大人しいサラリーマンの父親と、明るい母親に育てられた私にとって、この恐喝事件は衝撃的な出来事でした。</description>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Wed, 08 Aug 2007 04:21:00 +0900</pubDate>

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<title>許せない出来事</title>
<description>暑中お見舞い申し上げます！いつも《「わんさか」の女将になるまで》に目を通していただき、ありがとうございます！お陰様で最近、本当に、たくさんのお客様や知人から「ブログ見てるよ〜！ママって吉本おったん？(笑)知らんかったわぁ！これからも楽しみにしてるよ！」と声をかけていただき、私の人生なんて、ほんの小さな世界の出来事なのに、それなりに影響あるんやなぁ〜…と実感する毎日です。で、毎回ブログをアップするごとに、とある事件？に近づいていき、とうとう、そのタイミングにさしかかってしまいました。 どんなに、つからった過去の出来事も《おもしろ、おかしく》ブログにアップするように心がけて更新してきましたし、また、実際、今はネタになるくらい(笑)思い出と歴史になった出来事ばかりだったと思います。だからこそ読んで下さってる方々に楽しく見ていただいてるんだなぁ(^o^)と実感もしてきました。ですが、どうしても過去には《おもしろおかしく伝えれない》出来事が何度かありました。今、思い出しても腹ただしいし、当事者の顔を見ただけでも、嫌な(ブログなので、このくらいの表現に留めておきます)思いをするような事もありました。そういう事は、本来なら載せない方が、いいのでは？という意見の方も沢山いらっしゃると思いますが、やっぱり、私の中で、どうしても、許せない出来事であって、それは絶対外せない事でしたので、かなり悩みましたが、今回アップする事に決めました！本当なら名指しで、言いたいところですが、大人として、常識として、やはり、それは止めておきます。でも、この後に読んでいただく内容は、事実です。それだけ、覚えといて下さい。そして、私という人間が、懐の小さい人間だという事も…あわせて。では次回。</description>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Mon, 06 Aug 2007 13:18:00 +0900</pubDate>

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<title>チラシの配り方☆</title>
<description>「わんさか」女将流、効果が出るチラシの配り方。※道行く人は《チラシだけ》なんて   基本的に、受け取ってはくれません。そこで、私なりの経験で、受け取っていただける方法。または、チラシを見て  お客様になっていただけるような配り方を  経験をもとに文章にしてみました。１☆顔つき(表情)は常に、にこやか＆爽やかに。口元が下がりぎみの方は笑顔＆微笑みを長時間キープ！２☆ターゲットを決める(職種や規模によって、多少異なりますが、殆どの商売はターゲットが必ずあるはず) ３☆ターゲットの層に、来店してほしい時間帯に配る   または、店舗でない場合は、ターゲットの層が一番動く時間帯に配る  ４☆配る時に、ハッキリ、声を出す   ※私の場合は「また宜しくお願いします！」とだけ伝えながら、渡していました。何か、一言、必ず、添える事 ５☆チラシの内容が一目で理解できる服装(ユニホーム)で配る  ※私の場合、当時「居酒屋」でしたので《ハッピ》が制服でした。冬場は、寒く冷えるのでジャンパーを上から着ていましたが、前のチャックは、どんなに寒くても、必ず開けていました。チャックを全部閉めてしまうと、私の存在が、何者なのが全く？？？？になりますので、チラシをとっていただくチャンスを逃してしまいます   ６☆同じ方向ばかり見ない。ターゲットは、四方八方、いろんな所から、いらっしゃいます。少しのチャンスも逃さずに！ ７☆しばらく配ってると(もしかして、邪魔？)とか(人通りが全くない…)とか色々、気付いてくると思います。その時は、場所を少し移動してみて下さい。８☆携帯でお話中の方にでも、諦めずに配ってみる。この時の注意は《お電話の邪魔にならないように、最善の注意を払う》事。私の場合は、口パク＆ジェスチャーで(笑)差し出したら、電話中の方もジェスチャーで(笑)受け取って下さる事が多かったです。  ９☆チラシは、扇子状に１０枚くらい持つ。※大量に人が通る時は、自分で、素早く渡せて、ある程度の、下に落ちない持ち方や量を研究して下さい１０☆ターゲットが二人連れの方などには、２枚いっぺんに渡す。 １１☆お客様が見やすい方向に、お渡しする。＆チラシが、ヨレヨレにならない様に、注意して持つ。１２☆差し出しても《いらないです》と言われたり、《いらない等の》リアクションをされたりした時は「すみませ〜ん」と、さらっと、謝る。   １３☆恥ずかしがらず、堂々と配る。    １４☆受け取っていただいた方に「ありがとうございます！」と伝える。    １５☆２０〜３０分くらい配ってると、だんだん、疲れてきて声が小さくなってきたりするので、たまに、ふと、振り返り(だらけてないか？)確認する１６☆《客引き》は、絶対にしない。強引に来ていただいても、印象が悪くなるだけで、次のご来店に結びつくとも思えません。あくまでも《お客様の意思》にまかせる事。その上で「今から行きます。」と言って下さったら《最大の喜び》を伝え、お店まで、ご案内する。１７☆めげないで、頑張る！       まぁ…ざっと、こんな感じですかね？目を通すと   (な〜んや、当たり前やん)と思われるかもしれませんが上記のような事がすぐに出来る人と、全然出来ない人に、結構分かれます。  チラシ配りをされる時は、少し思い出していただければ幸いです。</description>
<link>http://wansaka.osakazine.net/e51029.html</link>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Thu, 26 Jul 2007 12:39:00 +0900</pubDate>

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<title>チラシ配り☆</title>
<description>そういえば…、７年前の開店当初から、私は、お店の手作りチラシを、よく、配っていました。だいたい駅の近くで。ＪＲ茨木駅の階段の下の郵便ポストの前あたりです。今は、ＪＲ茨木駅付近に  チェーン店が増えたので、よくチラシを配ってる   飲食店を見ますが、７年前の当時は、チラシなんて、だーーーれも配ってませんでした。きっと、そんな事しなくても、   ＪＲ茨木駅を利用する人口と飲食店の数のバランスが、圧倒的に、飲食店の方が少なかったんでしょうね〜。チラシなんて配らなくても、十分、お客さんは来て下さったんでしょう・・・でも「居酒屋わんさか」は、本当に広告費には、お金かけなかったんで(笑)   ※今もです(笑)オープンしたばかりだし、自力で宣伝しないと…という事で　(ヒマやな〜)　と思ったら配りに出かけてました。皆さん、チラシって、配った事ありますか？配った経験がある方は分かっていただけると思いますが、結構、勇気いりますよね？芸能界で活躍する夢を持っていた私でさえ、最初の方は緊張しました。でも、そんな事は言ってられません！と言う事で頑張って挑戦してみました。今でも時間があれば、たま〜に配りに行ったりします。チラシって、たとえ少額でも、経費かかってますよね！むやみやたらに配っても、効果はありません。配る事が大事なんじゃなくて、チラシを見た、お客様が来店される事が目的ですよね？そこで、私なりに、7年かけて、出来上がった、チラシ配りのテクニックを、次回のブログで、お教えさせていただきます。たぶん…それを読んでいただくと、効果的にチラシを配る事が出来ると思います。 お仕事で、チラシ配りをしないといけない方。少しは、お役に立てると思います（＾＾）では、お楽しみに(^-^)/~~</description>
<link>http://wansaka.osakazine.net/e50403.html</link>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Mon, 23 Jul 2007 08:37:00 +0900</pubDate>

</item>

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<title>恨み節　その１</title>
<description>２０００年３月１６日オープンした「居酒屋  わんさか」ですが、半年くらい、本当にヒマな時期が続きました。前回までのブログにアップしてますように、できる限りの努力はいたしました。ですが、努力がすぐには報われず、毎日ヒマでしたので、当時のお客様からは、いろいろと言われました。私達の事を真剣に応援して下さっている、お客様からは「すぐ出せる惣菜とか、テーブルに並べてみたら？」とアドバイスをいただきました。狭い店なので、冷暖房が、食材に強く当たり、すぐ腐ってしまうので却下となりましたが、その方は、とても応援して下さいました。でもイヤな事もたくさん言われました。別の方からは(もう、お顔も忘れてしまいましたが)「最近、みのもんたの《貧乏脱出大作戦》って流行ってるやん！アレに出れば？もちろん貧乏のほうやけど(笑)」と言われました。めちゃめちゃ、ムカつきました！また別のお客様(いちげんさん)からは「オレはいつも、○○(近所の居酒屋さんの名前)に行ってるんや！○○は、ええ店や！知ってるか！？」と酔っ払い＆からみ口調で、ぐだぐだ延々と言われました。この方は今でも顔は覚えてます。たまに道ですれ違います。顔を見る度に思い出してムカっときます(笑)私の《地球が滅亡する時、どさくさにまぎれて殴ったる帳》を飾るお一人です。まぁ…でも、それもこれも「わんさか」が、まだまだ、いい店ではなかったから言われた事でしょうね〜。悔しいけど、それが現実でした。</description>
<link>http://wansaka.osakazine.net/e50144.html</link>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Sat, 21 Jul 2007 16:52:00 +0900</pubDate>

</item>

<item>
<title>分析と実践</title>
<description>「ヒマな原因」をハッキリ理解したので、マスターは、とても料理について研究するようになりました。しかし当時も、決して手を抜いていたわけではありません。多分……私が見てて感じたのは 、料理について《見る 読む 感じる》視点が変わっていったように思います。この後の２〜３年後、よく私に言ってたのは「昔は、料理(専門書なので、解説は、少しの箇条書き程度)の本を読んでても、分からない箇所がたくさんあったけど、このごろ、すごく理解できるようになった」と、しょっちゅう申しておりました。《料理のセンスを磨く事》に時間をかけ、その頃から、休日は、よく外食するようになりました。お店の残り物(まかない)は平日や休日前にいただき、休日は、ありとあらゆるお店に食べに行きました。お客様から「美味しい」と伺ったお店や、流行ってると聞いた店、テレビや、雑誌で紹介された店…。ジャンルは問わず。ただ食べて、美味しかったね♪で終わりとちゃいますよ(笑)流行ってる原因を話し合ったり、美味しいお料理に巡りあったら、さっそく、作ってみたり…。私は、メニューをじっと何回も何回も、見つめて、どんなメニュー表が、見やすくて分かりやすくて、オーダーが進むのかを研究したり、楽しく会話するだけじゃなくて、店内の内装の良いところ悪いところ、を話し合ったり、どうして流行ってないのか(笑)お店の方が聞いたら怒るような話も(笑)話合ったり、「わんさか」でなら、どんな風にアレンジするのか想像したり、気持ちのいい接客をしていただいたらなら、自分でも、実践してみたり、逆に、マズかったり、期待ハズレな時は、どうして、ダメなのか、もちろん、小声で(苦笑)話し合ったり…。とにかく２人で、お料理をいただきながら、いっぱい話し合いました！でも理解頂きたいのは、《分析=話し合い》はしましたけど《単なる批評》ではありません。たまに、いらっしゃるんですよね〜…。他店を《批評や批判ばかりする》同業者。私たちは、あくまでも《あの店は「わんさか」が目指すスタイルじゃないけど、流行ってる事は、原因もわかるし、お客さんの心理もわかる》と考えます。一見、似てるように感じられるかもしれませんが、積み重なると、全然違いますよ〜！ちなみに、今でも、他店に対する、基本的なスタイルは変わっていません。ただ、当時〜しばらくすると、飲食店だけでなく、世間の流れの、ありとあらゆる事に対して目を向けるようになりました。当時の話…、なるべく伝わるように、表現したつもりですが《ただの食べ歩きやん！》と、つっこまれても仕方ないと思っています。文字で表現するには限界がありますので…。ただ、私達、２人の心と頭にはいつまでも、消える事なく、焼き付いています。いわゆる、これが《マニュアルではない、生きた勉強》の 一つではないでしょうか？</description>
<link>http://wansaka.osakazine.net/e49283.html</link>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Mon, 16 Jul 2007 12:39:00 +0900</pubDate>

</item>

<item>
<title>ヒマな原因の分析結果</title>
<description>今の店名は「四季の料理　お酒　わんさか」と申しますが、２０００年３月１６日にオープンした当時は「居酒屋　わんさか」でした。店名通り《居酒屋》スタイルで、営業していました。でも、マスターのたっての希望で《オシャレで綺麗な居酒屋》にしていこう！と言う事でＢＧＭも７０年代洋楽にして(今では普通ですが、当時は、『演歌じゃなくて、洋楽って、珍しいね！』とよく言われました) 店内外も《赤ちょうちん   ではなく、杉の木を使った内装で、すっきりさせて、看板も木で作ってました。←(コレも、今じゃ、フツーですが、当時は、『こんなオシャレな居酒屋、茨木じゃ、珍しいね！』とよく言われました)客席はカウンターのみの１０席。春に開店して３〜４ヵ月、ボチボチ常連さんが着いていたものの、平均してヒマな日々が続きました。なんでヒマなんやろ？二人でいろいろ考えてみました。私達に魅力がない←まだまだ半人前！改善していこう！   …でも、ヒマな原因、それだけじゃないよね？しばらく、モンモンとした日々が続きました。いっぱい、いろいろ二人で話あい、結果、こう考えました。「居酒屋わんさか」って普通の居酒屋すぎるねん！もっと詳しくお話させていただくと、当時の「わんさか」の近所には、居酒屋が３軒あって、しかも、どの店も広くて、歴史が長い。それに比べて「わんさか」は知名度もないし、お店も狭いしテーブルもない。料理も、マズくはないけど、ビックリするぐらい美味しいわけでもない(マスターは、それなりには頑張ってましたけどね…)だから、お客さんから見ても魅力がないから、新規さんも来ないし、リピーターもあんまりない。という分析結果になりました。店が狭い  というマイナス点を超えるくらい  心に残る美味しい味をご提供しないと、お客さんは来てくれない。分かっていたつもりでしたが、身をもって感じた３ヶ月でした。でも、今、振り返ると、この時の、どうしようもないヒマだった時期に、いろいろと考え、そして、原因は全て自分達にあると、謙虚に受け止めた事が、おかげさまで、現在の「四季の料理  お酒  わんさか」http://www.mitemite-wansaka.com　に繋がっているんだと思います。</description>
<link>http://wansaka.osakazine.net/e48303.html</link>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Wed, 11 Jul 2007 03:18:00 +0900</pubDate>

</item>

<item>
<title>ヒマな原因☆</title>
<description>「居酒屋わんさか」は、おかげさまで、私達の想像をはるかに超える程、忙しい日々でした。ただし開店３ヶ月目くらいまでですけど(笑)《開店のお知らせハガキ》は確か２００枚くらい送らせていただいたと思うのですが、その方々が、順番に来て下さって…。で、その方々のサイクルが、ちょ〜ど３ヶ月後の６月頃に終了しまして(笑)店舗の位置も奥まってる為、ご新規さんには、なかなか、気付かれないような地味な店で(笑)パタッとヒマになってしまいました。で、ただでさえヒマなのに、２０００年６月〜。世間で何があったか、皆さん、覚えてます？サッカーのワールドカップがあったんですよ！！テレビでもバンバン宣伝が始まり、お客さんにリサーチすると、皆さん「家で見る！」との返事。近所の居酒屋さんは、ワールドカップの為にテレビを設置したらしい。お客さんからも「マスター、テレビ置いたら？」と何回も言われてたんですけど「ボクは、店にテレビ置きたくないんで、置きません！」と、言ってました。少々、不安になりながら、日本の試合当日を迎えました。案の定、お客さんはどなたもいらっしゃいません(笑)  仕込みもないし、掃除もやった。お客さんがいなきゃやる事ない(笑) ちょっと《でき心で》コンポをＣＤからラジオに変えてみた。「日本、勝ってるや〜ん！何すんねん！勝たんで、ええっちゅうねん！」皆さんには理解していただけない と思いますが、二人で「負けろ〜！」と真剣に叫んでました(笑)結局、その後、２〜３試合勝ちましたよね？ ご来店された、お客さんと話す時は「日本が勝つと嬉しいですよね！」と話を合わせていましたが、ホンネは「早く負けていつもの日常に戻って欲しい」実際は、そう思ってました。(←ちっさい２人！)で、お望み通り？日本が負けてしまって、浮かれぎみの世間の風向きが日常に戻ってきまして。。 夏を迎えるにあたり「わんさか」も再び忙しくなり…と思っていたのですが、客足が全然の伸びず(笑)そのままヒマでした。ヒマな原因はワールドカップのせいじゃなく、お店に問題があったからでした！</description>
<link>http://wansaka.osakazine.net/e47716.html</link>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Sun, 08 Jul 2007 07:03:00 +0900</pubDate>

</item>

<item>
<title>ケンカ☆わんさか</title>
<description>２０００年３月１６日に新婚１年目の主人と開店した「居酒屋わんさか」は、そりゃ〜も〜、めちゃくちゃ忙しかったです定休日は毎週日曜日のみ。夕方５時〜夜中２時まで、お客さんが、ずーっとずーっときれる事なく店名通り「わんさか」押し寄せ、仕込みをしてもしても、間に合わず、睡眠時間がほとんどない状態が約３ヶ月続きました。その間、主人も私も、みるみるやつれていき、心身ともにかなり疲れていました疲れの原因は、主人は、大量の仕込みと、私への教育＆不満。 私は、体の疲れと、仕事が全く出来ない私に対する主人の容赦ない毎日の罵倒の嵐！が原因でした。なんで、手伝ってあげてるのに、ありがとうの言葉は、いっさいなく、こんなに怒られなあかんのよ！！！！！！こんな生活、私が思い描いたような新婚生活じゃない！！！！！自分の時間が全くなくなり、美容室にいったり、新しい洋服を買いに行くのもおっくうになるくらい、疲れがピークに達していて、段々、弱音を吐くようになりました。いつからか、毎日、口喧嘩が絶えなくなり(今、思えば私の根性が足りないだけ)、営業が終わると、私は毎日 ワンワン泣いて、主人にこう訴えるようになりました。「毎日毎日、ホンマしんどいねん！お店に出たくないから、誰か雇ってやっていってや！！！！！」「そんな金ないわ！どんなけ借金してるか分かってるやろ！」「あんたが、やりたかった店やろ？あたしのする事が気に入らんかったら、良くできた人みつけて、やったらいいやん！あたしは家で留守番しとくわ！！！！！！」「家におるだけやったら、お前なんかと結婚してへんわ！！！！！！」 「何やとぉぉぉ〜〜〜〜〜〜！！！！」 　　　大噴火……………だいたい毎日こんな感じでしたね〜(笑) 叫びながら、大泣きしながら毎日毎日ケンカざんまい(笑)でも幸か不幸か、どんだけ店でケンカしても、狭〜い自宅に帰ったら、当時は１つしか部屋がなかったんで(笑)自然に仲直りしてましたね(笑)狭いながらも楽しい我が家〜♪って感じですかね…。ホンマ懐かしい時代です。</description>
<link>http://wansaka.osakazine.net/e47553.html</link>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Sat, 07 Jul 2007 05:43:00 +0900</pubDate>

</item>

<item>
<title>いよいよ開店当日！</title>
<description>２０００年３月１６日午後５時☆「居酒屋わんさか」はスタートしました。まず、初めてのお客さんは、店舗の一番上に住む、大家さんでした。しばらく(１時間くらい？)どなたもいらっしゃらず、お話して過ごしました。６時を過ぎた頃から、チラホラお客さんが、ご来店されて、あっという間にカウンター１０席のみの小さな居酒屋は、お客さんで、いっぱいになりました。そして、ずーっとバタバタしたまま、閉店時間の深夜２時が来てしまいました。でも、お客さんは、帰る様子も全くなし(笑)みなさん昔からのお馴染みさんばかりで、ワイワイガヤガヤ、楽しそう(^o^)有り難いなぁ〜思いつつ、オープン日まで充分な睡眠をとっていなかった私はなんと、レジに隠れて寝てしまいました！あかん………！起きて接客せな………！と頭では分かっているのに、脳みそが、ゆうこと聞きません(笑) 私の、その姿に気づいた、お客さんが「そろそろ帰ろかぁ〜！」と言って下さったのは朝の５時頃でした…。私の、怒涛の人生(笑)がスタートしました(^^;)</description>
<link>http://wansaka.osakazine.net/e47383.html</link>
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<category>居酒屋わんさか時代</category>
<pubDate>Fri, 06 Jul 2007 05:01:00 +0900</pubDate>

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